美しさは、人生を動かす力になる。ミスコンを“社会を変える舞台”にする理由 ミス・グランド・ジャパン運営代表 吉井絵梨子

ミスコンという言葉に、華やかなステージや外見を競う世界を思い浮かべる人は多いかもしれません。しかし吉井絵梨子さんは、その舞台を「女性が自信を育み、社会に還元していくための場所」だと捉えています。現在、ミス・グランド・ジャパンの運営を軸に、女性やマイノリティがもっと自分らしく生きられる社会を目指して活動している吉井さん。美しさとは何か?自信はどう育つのか?女性が社会で自分らしく輝くために必要なヒントを伺いました。
【吉井絵梨子プロフィール】
年齢:36歳/職業:ミス・グランド・ジャパン&ミスター・ゲイ・ジャパン ディレクター/家族構成:夫、長女(7歳)、長男(4歳)、次女(2歳)
https://www.instagram.com/supermamaeriko/
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Topics世界大会で感じた衝撃が、人生の進路を変えた
ーまず、現在のお仕事と事業内容を教えてください。
ミスコンのミス・グランド・ジャパンとミスター・ゲイ・ジャパンというコンテストの企画・運営をしています。 ミス・グランド・ジャパンは、2013年から始まった新しいミスコンです。私は初代日本代表として世界大会に出場しました。ミスコンやミスターコンに出場される方の発信サポートもしていますが、そこから派生して、芸能人の方や海外のアーティスト、セレブリティの方のソーシャルメディア運用を担当する事業も手がけています。
ーSNS運用のお仕事もされているんですね。
そうです。そちらは事業として行っています。一方で、ミスコンの運営は儲けるためにやっているものではありません。社会貢献の要素が大きいです。お金を作ろうと思えば様々な方法はあるのかもしれませんが、私はそのようなやり方はしたくありません。だからこそ、自分の中で意味のある活動として続けられています。
ー吉井さんが今にたどり着くまでのお話も伺いたいです。もともと海外志向が強かったのでしょうか?
そうですね。小さい頃から海外にすごく興味があって、進学先も海外の大学しか視野にありませんでした。両親にわがままを言って、アメリカの大学に進学させてもらったんです。その後、さらに大きな大学に移ろうと思って一度帰国したタイミングで、東日本大震災がありました。秋田の実家をまた離れることへの不安もあり、次に進学するならアジア圏も含めて考えようかなと思っていた時期でした。そんな2011年の終わり頃、ミス・ユニバースの秋田大会が初めて開催されることになって。「これはタイミングかもしれない」と思い応募したのが、コンテスト人生の始まりでした。
ーそれまでにモデルやタレント活動はされていたんですか?
特に経験はありませんでしたね。ずっとアメリカの大学にいたので、芸能の世界に近くにいたというわけでもなく。でも高校生の頃、新聞記事の切り抜き課題の中でミスコンの記事を見たときに、日本の女性が世界の舞台で堂々と戦っている姿にすごく惹かれたんです。「美しさだけではなく、その先にある影響力を、人のために使えるのかもしれない」と思ったのが最初の関心でした。
ありがたいことに、初代の秋田代表に選んでいただいて、そこから別の大会にも声をかけていただくようになり、2013年には「ミス・グランド・インターナショナル」の世界大会に日本代表として出場することになりました。
ーそこで、人生が変わったんですね。
大きく変わりました。世界大会のステージに立った時に、本当に「ここでもう死んでもいい」と思うくらいの衝撃を受けたんです。歓声も、ライトも、音楽も、会場の一体感も、今まで触れたことのない規模でした。パフォーマンスをしなきゃいけないのに、感動で泣いてしまうくらいでした。お金では絶対に買えない体験だし、このエネルギーを正しい方向に向ければ、きっと誰かの役に立つ。そう思いました。
でも当時の日本には、出場者を十分に支える仕組みが整っていませんでした。衣装の準備も、飛行機の手配も、契約書のチェックも、資金繰りも全て自分でやらなくてはいけなかったんです。競技に集中できる環境がないままだと、日本はいつまでも世界で結果を出せない。それなら自分が表に立つのではなく、サポートできる環境を作る側に回ろうと思いました。
世界大会のステージで感じた、圧倒的な熱量と一体感。「ここでもう死んでもいい」と思うほどの衝撃が、吉井さんの人生の向きを大きく変えました。2013年からはディレクターとして、舞台の裏側から日本代表たちを支え続けています。







