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work style妊娠・出産で突きつけられた「女性のキャリアの限界」
―フェムケアに関心を持つようになった背景には、ご自身の経験も関係してますか?
はい。私は入社2年目でチーム内の先輩と社内結婚し、すぐに妊娠・出産しました。当時の広告業界は女性比率も1割程度。営業職で徹夜もよくあることで、家にも帰れなくて、正直体もかなり悲鳴をあげていました。
ーハードすぎる環境!
当時、広告代理店2年、3年のキャリアで子育てをする前例はほぼなくて、早く結婚した女性は辞めるという選択肢しかなかったんです。そんななかで妊娠すると、つわりが本当にひどくて、水も飲めない状況が続きました。もちろん会社にも行けず、「今日も行けません」と連絡するたびに、戦力外になっていく感覚がありました。妊娠して、自分のホルモンというものに初めて真正面から向き合わされた瞬間でしたね。
「妊娠中、つわりが本当にひどくて、「今日も会社いけません、ごめんなさい」と言わざるを得ない状況が続きました。会社も身体のことだから深く詮索できなかったようで、「お大事に」だけの返答で、きちんとコミュニケーションが取れず、自分も辛いと言えず、どんどん疎外感みたいなものが増していきましたね。結局、自宅安静の診断書が出てしまい、中途半端に育休産休を取ることになりました。それが26、7のときですね」
―その時、会社を辞める選択肢はなかったんですか?
キャリアは諦めたくなかったんです。とはいえ、15年ほど前の当時は、産後に復帰するという制度や前例がまだありませんでした。自分と同じような若手社員のケースもなかったので、上長や人事の担当の方も苦悩してた記憶です。育休復帰後は、新規クライアントを発掘していくような営業開発部でのポジションを紹介してくれました。その部署長は男性でしたが、ご自身も4人くらいお子さんがいらっしゃって、理解が深い方だったので、環境としては本当に恵まれていました。
ーこの3年間は仕事もしつつ、でも子育て優先の時期?
そうですね。その3年間は時短勤務で、子どもが熱を出したら休暇をいただいていたので、有給も全部消化しました。子どもに向き合う時間を優先していましたね。夫は当初のチームのまま、徹夜続きの生活を送っていたため、私が子育てに専念した方がバランスとしてはうまくいくだろうな、と思っていました。
でも正直、心のどこかにずっとモヤモヤは残っていました。その時はしゃがむ時期として、会社貢献や自分自身のやりがいは一切捨てて、子育てに振り切りました。でも、会社でのキャリア形成もそうですし、夫婦としての相互理解というところは心残りがあったなと感じています。
―心残りとは?
それが本当に自分が心から納得のいく人生の選択なのか? というモヤモヤです。二人目についても、どうするかを夫と時間をかけて話し合いました。一人目のつわりが、自分自身だけではなく、家族や、パートナーとのあいだでもトラウマ的になっていたので、二人目を持つことに積極的に考えられず、その選択肢は外しました。








