日本で唯一の仕事 チョコレートジャーナリスト・市川歩美の「伝える」哲学

日本で唯一の仕事 チョコレートジャーナリスト・市川歩美の「伝える」哲学

historyロックスターに憧れた少女が放送局へ!

――もともとラジオのディレクターをされていたとのことですが、これまでの市川さんの経歴をお伺いしたいです。

大学を卒業した後は民間放送局に入社して、主にラジオのディレクターでした。放送局を目指したのは、小学校の頃からロックスターの忌野清志郎さんに憧れていて、絶対にこの人と会う、この人とお仕事をするって決めていたからです。…なにそれって、感じですよね(笑)? 中学生の頃にラジオを聞いていたら、忌野清志郎さんが生放送に出ていたんですよ。「そうか、放送局には、清志郎さんが来るんだ」と閃いたわけです。採用試験を受けたら、運良く採用されました。他の会社はほとんど落ちたんですけど。「ユニークなキャラクター」と推してくれた人がいた、と後で知りました(笑)。転職後は、NHKでも仕事をしました。放送局での仕事が長いんです。

ラジオのディレクターをしていた頃も、ときどきチョコをテーマに番組を作ったり、コーナーで取り扱ったりしていたそう。

――放送局ってすごいキャリア。どうして辞めてしまったんですか?

理由はいくつかあるんですけど、ひとつは、外の世界を見たいと思ったから。私がディレクターだった頃は、今以上に放送局がもてはやされていました。局名とディレクターという肩書き入りの名刺を渡すと、等身大の自分以上に手厚い扱いを受けることが長年続いて、違和感とともに、「このままじゃダメかも」と思ったんです。良い先輩がほとんどでしたけど、実際、世間というか誰に対しても上から目線気味になっていた年配の先輩を見て、私はこうなってはいけない、絶対になりたくない、と思って。私は新卒から、放送局の外の世界を知りませんでしたので、自分の人生のために、一回辞めようと思いました。

もうひとつの理由は、心理学を勉強したいと思ったからです。番組のために、毎週ゲストをブッキングして、有名な方から一般の方まで本当にたくさんの方と会いました。でもその方の考えや活動を、もっと知りたくても、すぐさよならしなきゃいけない。1週間ごとに、番組のネタを新しく探すからです。それがもったいない、もっと人にちゃんと向き合いたいと思っていたんです。もともと、心理学には興味を持っていたこともあります。

――じゃあNHKを辞めるときは、次は何の仕事をしようということは決めていなかったんですか。

心理学の勉強をしよう、ということくらい。正直ちょっと怖かったし、放送局が大好きだったので寂しさもありましたけどね。貯金はしていましたが、収入がなくなるし。次が決まっていない状態で辞めることに、周りは驚いていましたね。

放送局を辞めてからは、大好きな心理学の勉強時間ができたのが嬉しかったです。資格をとって、カウンセラーを始めたら、向いていたみたいでクライアントさんがすぐついて、割とすぐ収入が安定しました。今はチョコレートの仕事が忙しくなって、あまり心理学の仕事を受けられなくなっていますが。

 

turning point放送局を辞めたことで世界が広がった

――転機になった出来事をあげるとしたら、どんな出来事でしょうか。

放送局に入ったことと、辞めたことかな。放送局では情報の扱い方を学びましたね。それと、礼儀とか社会人のマナーとか、社会のルールを教えてもらいました。

学生時代の私はバンドをやっていたりと、結構尖っていました(笑)。ファッションが大好きで、個性的な音楽や映画やアートが好きで、必要以上にしゃべらない。苦手なのはテニスとかスキーとかが好きな爽やかな人、みたいな(笑)。そんな感じだったので、最初は社会に馴染めなくて本当に大変だったんですよ。「市川は何を考えているかわからん」「すぐ辞めるんじゃないか」とか言われていたみたい。でも一人だけ「お前は面白いからそのままでいい」と言って何かと助けてくれた先輩がいました。新人ディレクターだった頃も、決して私を甘やかさずに、社会や仕事の基本を、厳しすぎるほど叩き込んでくれたプロデューサーがいました。そういう人がいなければ、今の私はないと思います。振り返ると、私を育ててくれた方々や、放送局に、感謝でいっぱいです。

あとは放送局の世界を一回辞めたことで新しい道が開けたので、そこが転機になりましたね。会社を辞めたことで、布をバッと広げたみたいに、新たな世界が見えるようになった。放送局にいるだけでは見られない世界は、あまりにも大きかったです。

こちらは市川さんがスーパーバイザーを務める『最高のショコラ2024』。日本ではバレンタインのイメージが強いですが、世界的には7月7日のワールドチョコレートデーも盛り上がるそう。「私はどこの企業の人間でもないので、チョコレート業界全体を盛り上げていければ」

――チョコレートというひとつの食べ物にそこまでこだわる、極める理由ってなんだと思いますか?

なぜでしょうね。5歳の頃からチョコ好きですが、なぜ好きかというと…以前『銀座百点』という冊子のエッセイにも書きましたが、答えがむずかしいんですよ。でも、「なんで好きなの?」と聞かれてすごく困っちゃうものって、本当に好きなものなんじゃないかと思って。答えが簡単に出るものって、その条件が好きなのかもしれませんよね。

――たしかに…恋愛でも、年収が高いとか、良い会社に勤めているとか、外見が良いということ条件だけで相手を選ぶわけじゃないですもんね。

そう。そういうことで選んでるわけではないですよね。なんで好きなのか、言葉にできなくはないんだけど、自分の本当の感覚となんだかどうもズレる。本当に好きなことって、そういうことが起きるな、とかよく思います。

極める理由がひとつあるとすると、私はチョコを自分で作るのは向いていなさそうなんですが、チョコの魅力を伝えることには興味があるんです。私は、私の活動や情報でみんなが幸せになってくれればいい、と思っています。Webや活字に残しておけば、私がいなくなっても、いつか誰かの何かの役に立つかもしれない。そうだったらうれしいな、とか、そういうことをよく考えていますね。

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