クビ、別居婚、産後うつ…困難を乗り越えてたどり着いた“私らしい”選択 アナウンサー・奥井奈々

クビ、別居婚、産後うつ…困難を乗り越えてたどり着いた“私らしい”選択 アナウンサー・奥井奈々

work styleコロナ禍を経てプロアナウンサーとして手応えを感じる

――NewsPicksのアナウンサーに選ばれたのはなぜだと思いますか?

そのオーディションでは、最後4人に絞られて番組ホストの落合陽一さんと話して、当時の編集長の佐々木紀彦さんと元テレ東アナウンサーの大橋未歩さんに審査され、視聴者投票があって、という公開オーディションの形式でした。そのときに総評として言われたのが、私が一番落合さんと会話が成立していたので、インタビューの素質があるだろうということ。また、編集長の佐々木さんには「生命力がありそう」とも言われました。自己評価としては、アナウンサー像から一番かけ離れた素質を持っていたことがウケたのかなと思います。

――番組側もギャップがある存在を求めていた?

当時NewsPicksでは、男性司会者のお飾りじゃなくメインを張れて、かつ自分から問題提起ができるような、プロアナウンサーという職業を作ろうとしていたところでした。海外で言うニュースアンカーのような存在です。そういうズバッと物を言える雰囲気に私が合っていたんだと思います。

仕事をする上でのこだわりは?「みんなに対してナイスにすること。それとハードワーク。ハードワークをした上でやはり『健康は大事』であると実感して、今のヘルスケアの事業に取り組んでいます」

――未経験でアナウンサーに就任したわけですが、その後は?

もう全然仕事ができない。あまりにもできなさすぎて、私が受かった翌年にまた同じようなプロアナウンサーを募集してましたね、私がいるのに失礼だなって思ってました(笑)。

NewsPicksは外資っぽい雰囲気があって、即戦力を求めていたので手取り足取り教えてくれることもありませんでした。私はアナウンサー経験もないので、苦労しましたね。自費で外部のアナウンサースクールに通ったり、現場でプロデューサーやディレクターに質問をして学んでいきました。

――アナウンサーとして満足いく仕事ができたと思えるようになったのは、いつ頃ですか?

2020年の頃です。コロナ禍でスタッフさんがバタバタ倒れていって、一緒にMCをしていた古坂大魔王さんもコロナに感染してしまって。誰もいないから「奥井さん一人でやって」と言われて。当時は家で仕事して、収録終わりに遅くまで開いている六本木のTSUTAYAに行ってまた仕事して準備を進めていました。しかもそのとき妊娠2か月。外が暗くて寒い中ひたすら準備していたことを覚えています。

今まで頼っていた大先輩がいない中、一人で収録に臨み、4人のゲストを相手に進行したのですが、その回がすごく評判が良かったんです。視聴数も良く、自分なりにも手応えを感じたので、その時に「やっとできたな」と思いました。

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